【2024年最新】香川真司の現在の年俸は?デビューからの推移や全盛期・最高額を調査!

かつて、日本代表として2度のW杯出場を経験した香川真司選手は日本でも屈指のスター選手です。現在は古巣のセレッソ大阪でプレーする香川真司選手ですが、海外でプレーしていた時はどのくらいの年俸を貰っていたのか、本記事では香川真司選手の年俸について紹介します。

【2024年最新】香川真司の現在の年俸は?デビューからの推移や全盛期・最高額を調査!のイメージ

目次

  1. 1香川真司の現在の年俸はどのくらい?
  2. 2024年は1億円超え
  3. 2020年に金額が大きく下がった
  4. 2香川真司の年俸の最高額はいくら?
  5. 全盛期は2010年頃のドルトムント時代
  6. 最高額は11億万円
  7. 3香川真司の年俸の推移とは?
  8. デビューしたセレッソ大阪時代
  9. 全盛期を迎えた頃
  10. サラゴサへ移籍した頃
  11. 4香川真司と日本人選手の年俸を比較してみよう
  12. 本田圭佑
  13. 長谷部誠
  14. 長友佑都
  15. 5年俸がすごい香川真司の愛車とは?
  16. メルセデスベンツ
  17. アウディ
  18. 6日本人選手の最高年俸だった香川真司とは?
  19. 兵庫県出身の1987年生まれ
  20. ウィザス高等学校に編入していた
  21. 7年俸が高かった香川真司は彼女もすごい?
  22. 女性との噂は見つかる
  23. 子ども好きな一面がある
  24. 8今後の香川真司の年俸の変化に注目しよう

香川真司の現在の年俸はどのくらい?

まずは2023年にプロデビューを飾ったセレッソ大阪に復帰した香川真司選手の現在の年俸について、年俸の推移が大きく変動したといわれる2020年の移籍と併せて、詳しく紹介します。

2024年は1億円超え

セレッソ大阪に復帰してから2年目を迎える2024年シーズンの年俸は、1億4000万円ほどだといわれています。

ちなみに復帰初年度である2023年シーズンは1億3000万円との報道があったので、昨シーズンより1000万円アップしたことになります。

現在35歳ですっかりベテラン選手となった香川真司選手は、頼れるキャプテンとしてチームを牽引しており、2023年シーズンはリーグ戦34試合に出場しました。

若い頃にセレッソ大阪で見せていたプレーとはまた一味違う、豊富な経験から裏打ちされたプレーで現在でも多くのファンを魅了し続けています。

2020年に金額が大きく下がった

全盛期と比較して香川真司選手の年俸の推移が大きく下がってしまったのは、スペイン2部のレアル・サラゴサへ移籍をしたことがきっかけでした

当時の香川真司選手は2018年に開催されたロシアW杯でのパフォーマンスが評価されていたものの、所属クラブだったドルトムント(ドイツ)では思うような活躍ができず、苦しい時期が続いていました。

加えて、本人が兼ねてから熱望していたスペイン1部からのオファーは殆どなかったこと、他国のクラブと金銭面で話が破断したこともあり、移籍先探しはかなり難航します。その結果、香川真司選手はスペイン2部のレアル・サラゴサへ移籍を決断しました。

ただ、レアル・サラゴサはスペイン2部で財政的に豊かなクラブではなかったため、これまでのドルトムントやベジクタシュで貰っていたほどの年俸を払うことはできませんでした。

しかし、香川真司選手自身が希望していたスペインのクラブだったこともあり、最終的にはその条件を飲んで年俸7400万円の2年契約で契約しています。

香川真司の年俸の最高額はいくら?

これまでにドイツやイングランド、トルコやスペイン、ギリシャなどでもプレーしてきた香川真司選手の年俸最高額はいくらだったのか、当時の所属クラブと年俸を順番に紹介していきます。

全盛期は2010年頃のドルトムント時代

香川真司選手のキャリアでピークだった時期は、間違いなくドイツのドルトムントに所属していた2010年頃でした。

ドルトムントに加入直後のデビュー戦から、香川真司選手は圧巻のプレーをみせます。リーグ後半戦は怪我で欠場しながらも、18試合出場8得点の活躍で一気に自身の価値をヨーロッパ中に証明してみせました。

自身のパフォーマンスだけではなく、当時の監督だったクロップが提唱する戦術と見事なまでに一致し、ドルトムントのリーグ優勝に大きく貢献しています。

翌シーズンも香川真司選手は圧倒的なプレーで結果を残しており、当時のドルトムントにかけがえのない選手として多くのファンに愛されていました。

最高額は11億万円

ドルトムントに在籍していた2010年から2012年までの2シーズンで一気に選手価値を上げた香川真司選手は、その後イングランドの強豪・マンチェスターユナイテッドに移籍し、2年目には年俸も11億円まで上がりました。

移籍初年度は年俸が8億円でしたが、リーグ20試合出場6ゴールの結果を出してリーグ優勝にも貢献したのもあり、2年目は3億円がアップした11億円で契約更新をしています。

そしてマンチェスターユナイテッドの2年目に受け取っていた年俸が、香川真司選手のキャリアでの最高年俸となりました。

香川真司の年俸の推移とは?

次は、2006年にセレッソ大阪でプロデビューして以降の年俸の推移を、所属クラブと共に紹介していきます。

デビューしたセレッソ大阪時代

2006年に当時18歳で加入したセレッソ大阪での年俸は380万円でした。

香川真司選手がセレッソ大阪に加入した時は新卒選手扱いだったため、規定により「C契約」と呼ばれる年俸480万円以下の契約しかできませんでした。

年俸480万円以上の契約が提携できる契約に移行するためには、公式戦で所定の出場時間を満たさなければなりません。ですが、香川真司選手はプロ一年目で一度も公式戦に出場していなかったので、実質2年目までは年俸380万円のC契約扱いでした。

しかし、2年目から公式戦でデビューを果たして主力としてスタメンに定着すると、2008年には「A契約」に移行して年俸が800万円に上がります。

そして、2009年には更にアップして2800万円、J1昇格を果たした2010年には7000万円まで跳ね上がりました。

なかでも、2009年シーズンはJ2で44試合27ゴールを記録する圧巻の活躍をみせています。その活躍ぶりから、日本代表の今後を担う存在として注目されていた選手の1人でした。

全盛期を迎えた頃

2010年シーズンからドイツのドルトムントへと移籍を果たしたことで一気にステップアップした香川真司選手は、以降の4年間でキャリアとして全盛期を迎えます。

セレッソ大阪での年俸7000万円から2倍にアップした1億4000万円でドルトムントに加入すると、以降は前述したように初年度から細かい技術と素早い敏捷性を活かしたプレーで高いパフォーマンスを見せて、その名をヨーロッパ中に轟かせました。

ドイツの中では1億4000万円は非常に安い年俸に分類されますが、低価格でありながらデビュー時から抜群の適応力を見せる香川真司選手にドイツ国内は騒然とします。

あまりのコスパの良さが話題を集めた香川真司選手ですが、初年度のプレーを正当に評価したドルトムントは、2年目には一気に6億円まで年俸を引き上げました。

ドルトムントでの活躍が評価され、移籍したマンチェスターユナイテッドでは、2年間在籍して一年目は8億円、リーグ優勝を経験した翌年の2年目は11億円まで年俸がアップしました

ヨーロッパでデビューしてからの4年間で年俸が大幅な推移を記録しているのが分かるかと思います。

しかし、2年目以降にマンチェスターユナイテッドの監督に就任したモイーズの戦術に香川真司選手はマッチせず、2014年から古巣のドルトムントへ復帰を決断しました。

2014年から2019年まで在籍したドルトムントでは、年俸6億円から6億5000万円で契約を締結しています。

2019年には出場機会を求めてトルコのベジクタシュへのレンタル移籍も経験していますが、レンタル移籍の場合は年俸の大幅な変更はおこなわれないので、ドルトムント在籍時と同等の年俸を受け取っていたと報道されています。

ベジクタシュではデビュー戦でゴールを決めるなどの活躍を見せて、完全移籍の話も持ち上がりましたが、香川真司選手の要求する年俸をベジクタシュは払うことができず、最終的にはわずか半年間でトルコを離れることとなりました。

サラゴサへ移籍した頃

ベジクタシュを退団して以降、移籍先探しが難航していた香川真司選手ですが、2019年から年俸7400万円の2年契約でスペイン2部のレアル・サラゴサへの加入が決まりました。年俸の推移としては、この移籍から下向線を辿ることになります。

レアル・サラゴサではチームの1部昇格へのキーマンとして期待され、リーグ戦31試合に出場するも最終的に昇格を決めることはできませんでした。その結果、レアル・サラゴサは契約を1年残した状態で香川真司選手との契約解除に踏み切ります。

わずか1年でレアル・サラゴサを離れることとなった香川真司は、その後ギリシャのPAOKへ2年契約で加入しました。年俸は7800万円ほどだったといわれており、レアル・サラゴサ時代の年俸とほぼ変わらない金額で契約をしたことになります。

しかし再起を図ったはずのギリシャでは怪我の影響もあって思うようなパフォーマンスができず、最終的には2021年に双方合意の上で契約解除となり、ベルギーリーグの日本人が経営をおこなっているシント=トロイデンへと戦いの場を移しました。

シント=トロイデンでは1年間プレーし、年俸は1億1000万円でした。足首の手術を受けながらも18試合で2得点を記録しており、中でも1得点はコーナーキックを直接ゴールに沈めるなど、かつての全盛期を彷彿させるようなプレーを随所でみせています。

2010年に日本を離れて以降、現在までの12年間にわたってヨーロッパ6カ国でプレーした香川真司選手ですが、33歳を迎えた2023年からはセレッソ大阪に復帰しており、現在の年俸は1億4000万円といわれています。

セレッソ大阪では攻撃的なポジションではなく、守備的なMFとしてチームを中盤の底から支えており、視野の広さと色褪せないテクニックでゲームをコントロールする役割を担っています。

全盛期の頃とは違う落ち着いたプレースタイルにはなりましたが、今でも多くの観客を魅了するプレーを連発しており、ファンからは特に人気の高い選手の1人です。

香川真司と日本人選手の年俸を比較してみよう

香川真司選手のキャリア最高年俸がマンチェスターユナイテッド所属時の11億円だと紹介しましたが、次からは香川真司選手とともに日本代表でプレーした選手数人の年俸を紹介します。

本田圭佑

香川真司選手と同様、世界を舞台に大活躍した本田圭佑選手ですが、これまでのキャリアでの最高年俸は2014年から2017年にかけて在籍したイタリア・セリエAのACミランでの7億7000万円です。

ACミランに加入する前はロシアのCSKAモスクワでプレーしており、ヨーロッパ最高峰の舞台でもあるチャンピオンズリーグに出場して得点を決めるなどの全盛期真っ只中で、各国の名門クラブへの移籍が噂されていました。

その本田圭佑選手が最終的に選んだのはACミランです。入団会見時に語った「リトルホンダ」と背番号10番を自ら要求して着用したエピソードは世界中で話題を集めました。

ACミラン在籍時は苦しい時期が長かったものの、最後はホームで得意の直接FKを決めてファンを喜ばせるなど、随所で記憶に残るプレーを披露しています。

しかしACミランを退団後はメキシコ、オーストラリア、ブラジルなどに渡ったこともあり、年俸の推移は大幅に下がってしまっていました。

長谷部誠

日本代表でキャプテンも務めたリーダー、長谷部誠選手のキャリア最高年俸は2014年から在籍しているドイツのフランクフルトの2019年シーズンから2022年シーズンにかけての3年間で、当時6億円の年俸を受け取っていました。

2019年シーズン時、長谷部誠選手は35歳を迎えていたのに関わらずクラブの絶対的な主力として活躍しており、ベテラン選手として異例のキャリア最高年俸を更新しました。以降も大幅な推移はなく、選手としては稀なケースのようです。

2024年現在、フランクフルト在籍10年目を迎えて40歳になり、クラブからは引退後にはフロント入りを打診されるほど良好な関係を築いています。

選手としてもクラブに貢献し続けている様子から、現地のファンからは「鉄人」と呼ばれて慕われているようです。

長友佑都

香川真司選手、本田圭佑選手と共に日本代表の一時代を築いた長友佑都選手の最高年俸は、イタリアのインテルに在籍していた時で年俸は4億3800万円だったとの報道がありました。

 

インテルでは2011年から2018年にかけて約8年間プレーし、国内カップ戦優勝を経験しただけではなく、チャンピオンズリーグにも出場しています。負傷離脱も極めて少なく、毎シーズンコンスタントに出場するタフがとても評価されていました。

現在は37歳ながら日本代表のメンバーに選出されるなど、未だに全盛期を維持し続けている稀な選手ともいえます。

年俸がすごい香川真司の愛車とは?

最高年俸11億円を記録した香川真司選手ですが、その金額に相応しいともいえる愛車の豪華さでも一時期話題になりました。次は香川真司選手の愛車として知られる、2台の高級車について紹介していきます。

メルセデスベンツ

過去に日本のテレビ番組に出演した際に、香川真司選手本人がメルセデスベンツに乗っていたことで話題を集めました。テレビで紹介されたメルセデスベンツはEクラスE250といわれており、値段は日本円で600万円から700万円ほどする高級車です。

ただ、これまでに香川真司選手が全盛期時に在籍したドルトムントやマンチェスターユナイテッドではリーグ優勝を経験しています。そういった優勝の記念としてスポンサーなどから車が贈呈されるケースも一流クラブなら珍しくありません。

この車は香川真司選手が自身で購入した車なのか、それともスポンサーなどから贈呈された車なのかは明らかになっていません。

アウディ

2台目に紹介するのは、マンチェスターユナイテッド在籍時に乗っていたといわれるアウディR8です。香川真司選手は自身のプライベートで乗っているだけではなく、2013年にアウディのアンバサダーにも就任しました。

当時の就任式の際、香川真司選手は「アウディのチャレンジングスピリットに共感した」とも語っています。

日本人選手の最高年俸だった香川真司とは?

日本人最高年俸を記録した香川真司選手について、基本情報を下記のプロフィールにまとめました。

兵庫県出身の1987年生まれ

本名:香川 真司
愛称:シンジ
生年月日:1987年3月17日
現在年齢:35歳
出身地:兵庫県神戸市
血液型:A
身長:175センチ
体重:68キロ
所属球団:セレッソ大阪
主な成績:2014年、2018年W杯出場

香川真司選手は兵庫県神戸市で生まれ、幼稚園生の頃からサッカーを始めると、小学4年生の時には神戸市選抜に選ばれるなど、当時から抜群のテクニックとサッカーセンスで将来を嘱望されていました。

その才能を買われ、小学校卒業と同時に仙台市へと移動し、サッカー留学としてFCみやぎバルセロナに所属しながらプロ入りを目指す日々を過ごしています。

ウィザス高等学校に編入していた

高校は宮城県黒川高等学校に進学しましたが、中学生の頃から香川真司選手に注目していたセレッソ大阪から正式なオファーを受けたことで、3年生時に同クラブが提携しているウィザス高等学校に編入します。

ウィザス高等学校は通信制で、卒業までの間、香川真司選手は同高校に在籍しながらセレッソ大阪の活動に参加し、プロデビューを目指していました。

年俸が高かった香川真司は彼女もすごい?

全盛期の年俸が日本人離れしているともいわれていた香川真司選手ですが、これまでに公言されたタイプの女性や、現地で報道された金髪の彼女との2ショットなどもすごいと評判です。

女性との噂は見つかる

香川真司選手はタイプの女性に関して、サッカー選手としてデビューする前からずっと女優の長澤まさみさんがタイプだと公言してきました。

度々バラエティ番組でそう発言しつつ、実際に食事に誘ったこともあるそうですが、残念ながら長澤まさみさんからは丁寧にお断りされてしまったそうです。

ただ、海外のクラブに在籍時には時折現地メディアで金髪の派手な外国人と親しげに映っている写真がリークされており、一時期は日本人ではなく外国人と交際しているのでは、といった憶測も飛び交っていました。

とても派手目な方なので、もしかしたら香川真司選手は外国人なら金髪の派手目な方がタイプなのかもしれません。

子ども好きな一面がある

現在35歳で独身の香川真司選手ですが、子供好きなことでも有名です。

時折開かれるサッカースクールでは、参加者の子どもたちと笑顔で楽しそうにボールを蹴るなど、とても気さくな笑顔で子供に接している様子が伺えます。そういった香川真司選手の低姿勢な人柄も、人気の理由ではないでしょうか

今後の香川真司の年俸の変化に注目しよう

本記事では香川真司選手の全盛期時の年俸やこれまでの推移などについて紹介しました。香川真司選手はデビューしたセレッソ大阪に帰ってきた現在でも、Jリーグを盛り上げる活躍をみせているので、年俸の大幅な推移が今後あり得るかもしれません。

Jリーグで活躍し続ける香川真司選手のプレーだけでなく、年俸の推移にも是非注目しながら応援しましょう。

関連するまとめ

関連するキーワード

Noimage
この記事のライター
ikeda